― 事業開発者・リーダーのためのITトレンド理解と実践講座 ―
事業開発者やビジネスリーダーに、これからのITのトレンドと活用法を紹介するITコンサルタントの斎藤昌義さんによる連載講座の第三回。今回は、「ITを活かしたビジネス戦略」の考え方を解説します。
「サンフランシスコであまりにもタクシーがつかまらない。この場で乗りたいのに、手をあげてもタクシーは止まってくれない。」
ライドシェア・サービスの代名詞ともなった「Uber」は、そんな創業者の実体験がきっかけだったそうです。
「タクシーが利用者のニーズに応えてくれないのなら、自分たちでつくってしまおう。」
そうやって2009年3月にこの会社は設立されました。
いつでも、どこからでも、誰もが、すぐにスマートフォンで車を呼び出すことができ、しかも既存のタクシーに比べて安い料金で利用できる。そんなUberは瞬く間に世界に拡がってゆきました。そして7年後の2016年8月現在、世界500都市にサービスを展開し、売上高も1兆円を超えようとしています。
Uberの創業者は自分が感じたことを「それが普通だから仕方がない」とは考えず、「もっといいやり方があるはずだ」と考えたのでしよう。そして、それを実現するために「いまできるベストなやり方は何か」を考え抜いたのです。そのとき「ベストなやり方」の選択肢として、その当時としてはまだ目新しいクラウドやスマートフォンに目を付け、その可能性を信じ試行錯誤を繰り返しながら作り上げたのがUberだったのではないでしょうか。
そんな想いが新しいビジネスを生みだすきっかけとなりました。決して、ITでビジネスをやることが目的だったわけではありません。目の前にある課題を解決するには、最新のITを駆使することが一番いいやり方だったにすぎません。
そんな彼らは、課題をとことん突き詰め、結果として既存の業界秩序を破壊するまでの力を持つ、誰もが注目するような新しいビジネスを生みだしてきたのです。
しかし、身近な現実に目を向けると、かならずしもそうではないようです。
「人工知能を使って、うちも何かできないのか?!」
こんな話しが経営者からふってきて、さてどうしたものかと現場が頭を抱えています。「世間で人工知能が話題になっているので、うちも乗り遅れてはいけない」ということなのでしょう。
「人工知能を使うこと」が目的ではないはずです。目の前の課題を解決したい、もっといいやり方で効率を上げたい。それが目的のはずです。その目的に向き合うことなく、手段を使うことを目的にビジネスを考えるという本末転倒な話しは後を絶ちません。
人々に受け入れられるビジネスは、直面する課題やニーズに気付き、真摯に向き合うことからはじまります。その解決策として「ITがもたらす新しい常識=思想としてのIT」にも目を向け、その可能性を最大限に活かそうという考え方が、これまでにない革新的なビジネスを生みだしているのです。
といったことは、既に誰かが手を付けています。そんな「誰か」のことではなく、仕事や生活の中に課題を実感することが最初です。自分が実感していることもあるでしょう。あるいは、「工場の現場が困っているらしい」や「お客様が何とかしたいと言っていた」のであれば、それを現場で確かめて、自分の実感として受けとめることです。
「三現主義」という言葉があります。
「現場に出向いて現物に触れ現実を見なければ、ものごとの本質を見極めることができない」
そのことを仕事の現場に息づかせる言葉で「ものづくり」の現場で大切にされてきました。例えば、工場の生産現場で不良品が見つかったとき、現場の状況だけを聞いて机上で判断しても的確な判断はできません。不良品が作られる工程(現場)に出向き、不良品(現物)に触れ、不良が起きている状況(現実)を見るという三現主義を実践すれば、より正しい判断に近づくことできるというわけです。
「三現主義」で生々しい現場の課題やニーズを実感として捉えることができてこそ、それを何とかしたいという本物の意欲や動機が与えられるのだと思います。
また、「実感」する課題が解決できれば、そこには必ず需要が生まれます。それは、そこに必要としている具体的な「誰か」が見えているからです。「誰かが言っていた」類のことは、この「誰か」がはっきりしません。それではビジネスの見通しは得られず、机上の空論になってしまいます。そうならないためにも課題を実感しなければならないのです。
ITは世の中の常識を大きく、そして急速に変えてゆきます。その変化にアンテナを張り、向かう方向を読み解く努力を怠ってはなりません。
これには2つの目的があります。ひとつは、「ニーズの変化」を知るためであり、もうひとつは「いまできる最適な手立て」を見過ごさないためです。
「ニーズの変化」とは、これから社会が何を求めて動くのかを知ることです。それを知る手掛かりは、「デジタル・トランスフォーメーション」にあります。
デジタル・トランスフォーメーションとは、「人間が経験で現場を理解し、人間が行うことを前提に最適化された仕組み」を、「データで現場を捉えITが最も活躍できるように最適化された仕組み」に変えてゆこうという大変革です。そこにこれからの変化を読み解く鍵が隠されています。この変化を先取りし、新たな施策を考えてゆくことが新規事業開発成功の鍵です。
もうひとつの「いまできる最適な手立て」とは、
かつての常識はすぐに置き換えられてしまいます。その事実に目を背けないことです。「かつてはこのやり方が最善の手段だった」は、いまも通用するとは限りません。「最善の手段」はいつの時代も新しいのです。過去の経験や成功体験を「いま」に押しつけるのではなく、時代に応じた「最善の手段」を見逃さないことです。
ITがもたらす変化のスピードは数年先を予測することさえ難しい状況です。それに加えてビジネス環境も世界がインターネットで緊密につながったことで、遠い国や地域の出来事が瞬く間に世界を大きく動かします。絶対の正解はなく、何が最適かを判断することは容易なことではありません。ですから最後まで見通した完璧な計画など作れません。だから第1の原則で現場を感じたなら、第2の原則でその時の最適な手立てを駆使してさっと成果をあげ、変化に応じて試行錯誤を積み重ねてゆくことが大切です。
そのときに大切にすべきは、「当事者」としての責任です。例えば、新しく家を建てるとき、「なんでもいいから、格安で住み心地のいい家を作ってくれ」と建築会社に頼み、出来上がった家を見て「こんな家を頼んだつもりはない」と文句を言っても後の祭りです。どんな家を建てたいかは施主が考えるべきことです。自分のライフスタイルや家族構成、予算などを考え、建築会社に相談するはずです。
建築関係の書籍や雑誌などを読んで、最新のデザインや工法、設備についての知識を得て、こんな家にしたい、こんな家具を置きたいとこちらの想いを伝えるでしょう。建築会社は、そんなあなたの意向を請けて、専門家として提案してくれるはずです。そして、ああしよう、こうしようとやり取りを繰り返しながら、待望の家が完成します。
出来あがった家は、施主に引き渡されます。施主は、必要に応じて設備の追加や改修を専門家に頼みながら、自分たちの生活になじませ、より快適な生活ができるようにしてゆくものです。
どうしたいのかは施主の責任です。ITをビジネスに活かそうとする場合も同じ話です。ビジネスの「当事者」としての責任を自覚し、ITの専門家である情報システム部門やITベンダーに相談する必要があります。そのとき、ITについてはなにも知らないでは、「なんでもいいから、儲かるシステムを作ってくれ」というしかありません。
いつの時代にも変化はありましたが、変化のスピードがこれほど速い時代は、希なことのように思います。将来にわたって安心確実なビジネス・モデルや手段を見出すことは大変難しい時代となったのです。
クラウドやインターネット、さらにはテクノロジーの進化のおかげでITを利用することは大きく下がりました。見方を変えれば、ITを使ってチャレンジしても、失敗のコストはたいしたことはありません。
成功するビジネスは千に一つあるかどうかです。以前であればITのコストは高く、簡単に使うことはできませんでした。しかし、いまは違います。ITのコストが下がったおかげで失敗のコストも大きく下がり、沢山の失敗できるようになりました。失敗が増えれば、成功の実数は増えて行きます。そんな時代の後押しをフルに活かし、「試行錯誤」を繰り返すことが、ビジネスを成功させる要件として大切になるのです。
斎藤 昌義(サイトウ マサヨシ)