いまどきのルームエアコンは、省エネルギー性はもちろん快適性も求められるようになってきました。電気代は抑えつつ、夏は部屋の隅まで涼しく、冬はテーブルの下でも暖かい。そんなわたしたちの「あったらいいな」を日立のルームエアコンがかなえてくれます。
気が利くエアコンのひみつは、画像認識技術が凝縮された「くらしカメラ」にありました。
(2016年2月2日 公開)
小松これまでルームエアコンは、「省エネ性」という軸で研究開発が進められてきました。近年は、それに加えてもう一つ、「快適性」という新たな評価軸が生まれてきています。これらの軸に画像認識技術で応えたのが、日立のルームエアコンに搭載されている「くらしカメラ」です。
小松きっかけは、日立アプライアンス株式会社から研究内容について問い合わせをいただいたことです。我々には画像処理関連のノウハウの蓄積があったので、家電製品にカメラを用いた画像処理の技術を組み合わせたら新たな価値を提供できるのではないか、という提案をしました。その一つがエアコンだったのです。
浜田エアコンに限らず、例えば冷蔵庫や電子レンジといった、いろいろな家電とカメラの組み合わせを考えてみたんですけどね。結果として、近年エアコンに対して求められるようになった「快適性」に、カメラなら応えられそうだということで採用されたのだと思います。
小松当初は我々の技術をエアコンに当てはめるかたちでスタートしました。しかし、なかなかニーズにマッチしませんでした。そこで、お客さまから直接ご意見を伺うことにしました。
浜田「こんな機能があったらほしいですか」というような具体的な提案をいくつか用意しておいて、その一つ一つに対して、「ほしい」「うれしい」「いらない」などをお客さまからヒアリングしました。
小松お客さまにとって本当にうれしい機能は何なのか。しっかりニーズを把握したうえで、もともと持っていた技術をベースに新たな技術も加えて、「くらしカメラ」は進化していきました。その一つが「間取り検出」機能です。
浜田エアコンってだいたい部屋の隅にありますよね。エアコンのルーバー、気流の向きをコントロールする羽根のことですが、これは左右均等に振れる。すると、例えばエアコンが左隅に設置されていると、左だけ空調がいっぱい効いて、右の広い空間には気流が届かない。こういった課題が昔からありました。
加えて、住宅事情の調査結果によると、最近のマンションのつくりとして、リビングの横に和室が付いていて、リビングと和室の間を扉で仕切る形が増えてきたことがわかりました。
小松そこで、部屋の形状や状態に従って空調を効かせたい、というニーズに応えるために、カメラを使って間取りを検出する機能を搭載しました。
図1 扉の検出
小松「間取り検出」機能は二つの処理をしています。一つは扉の検出。2枚の画像から扉の動きを見つけ、扉であろう位置を判断します。そして扉の中心座標を見つける。こんな処理です。
浜田扉かどうかは、扉がありそうな部分の画像の複雑度で判断します。扉ってだいたいぺらっとしていて平たんで、逆に扉が開いていると奥の部屋にものがあってごちゃごちゃと複雑です。複雑だったら扉は開いている、と判断します。
小松もう一つが部屋のコーナーを見つける処理です。一枚の画像の、梁(はり)や柱などの形状の連続性から直線を検出します。そして直線の交点を検出する。これで部屋のコーナーが見つかります。
このようにして検出した扉の位置や開閉、部屋のコーナーの情報に基づいて、ルーバーを制御します。扉が閉じていれば、部屋全体に向けて風を送る。開いていれば、奥の部屋にねらいを定めてずばっと送風します。部屋の形状や状態に合わせて気流を制御できるんです。
小松カタログでは「ものカメラ」と呼んでいる機能で、家具を検出できるようになっています。これまでは、可視光カメラといって、デジタルカメラやスマートフォンに付いているのと同じようなカメラを使っていました。それに加えて、近赤外線カメラという、夜間でも撮影できるカメラ機能を搭載しています。
浜田可視光カメラだと、家具の模様や外光の影響などで、家具の形が見えにくいんです。その点、近赤外線カメラは単色で見えて模様が映りにくい。家具の形が浮き出て見えるので画像処理がすごく簡単なんです。
小松近赤外線カメラで撮影した画像から、テーブルなのかソファなのか、という分類をします。気流の通り抜ける家具なのかどうかも判別します。例えば脚の長いテーブルなら、筒抜けになっている下の部分に風を送ることによって、テーブルに隠れている足下まで暖かくできます。
図2 ものカメラの構造
小松…と思いますよね。実は、可視光カメラ一つだけです。このカメラの周りを近赤外線だけ透過するフィルターがぐいーんと覆いかぶさって近赤外線カメラとして動作します。と同時に、近赤外線LEDがぴかっと光って画像を撮影。近赤外線なので人の目には見えませんけどね。
単純にカメラを増やしてしまうとコストが高くなるので、ここは知恵を絞りました。当時は、普通のカメラに自分たちでフィルターをかざして実験しました。
浜田開発はだいたい1年スパンなんですが、その半分以上は、製品にどのような機能を搭載するか検討しています。お客さまに「あったらいいな」「うれしい」「ほしい」と思っていただけるような機能は何なのか徹底的に議論します。
当然、最初からカタログのようなきれいな案が浮かぶわけではありません。だめになったプランは無数にあります。半年ぐらい議論を繰り返して、やっとカタログの1ページ目を飾る目玉機能ができる。ここまでがいちばん大変です。
浜田そうです。プロトタイプを作る期間は約3か月。最初のプロトタイプは1か月くらいで作って、日立アプライアンス株式会社に渡さないといけません。というのも、プロトタイプをエアコンに実装して、エアコンとしてちゃんと動くかどうか確認するというフェーズがあとに控えているから。とにかく短期集中です。
小松発売日は決まっています。そこに間に合わせるかたちで取り組むんですが、我々が遅れると、製品出荷が遅れるだけでなく、量産化も遅れてしまう。そうなると費用も余計に掛かってしまう。そういうプレッシャーがあります。
浜田プロトタイプをエアコンに実装してみたら、想定より性能が出ないということもやはり起こります。そういうときは、栃木にある、日立アプライアンス株式会社の工場に行って夜遅くまで調整していたね。
小松そうでしたね。多くの人が働いているのを目の当たりにして、製品ができるまでにいろいろな方面からたくさんの人がかかわっていることを実感しました。自分の判断一つ一つがさまざまなところに影響してくる。製品化に携わる者として責任の重みを感じました。慎重に着実に、研究開発していかねばと思っています。
小松情報処理学会で2年連続発表して、どちらも表彰していただきました。社外からも技術的に評価をいただけてうれしかったですね。それに、エアコンとしては「省エネ大賞」の「経済産業大臣賞」を受賞しました。
浜田受賞は十何年ぶりなんだそうです。これまでも日立のエアコンは省エネルギー性を示す数値がトップクラスでしたが、「くらしカメラ」で快適性も向上したことで、いっそう評価していただけたのだと思っています。
小松賞をいただいたり売り上げが伸びたり、ということはもちろん喜ばしいことです。でもやはり、身近な方の「例のエアコン買ったよ。ちゃんと部屋全体が暖かくていいよ」という言葉が非常に励みになりますね。
浜田はい。ちょうど先日、最新のルームエアコンのプレスリリースで「くらしカメラ4」について話してきたばかりです。と同時に、次のバージョンを検討する半年が、すでに始まっています。
「くらしカメラ」はいまのところルームエアコンだけに搭載していますが、オフィスの天井に付いている業務用エアコンにも適用できないか、という話も出ています。業務用エアコンにこの機能が付いたら、オフィスもすごく快適になると思っています。サーバルームの空調制御にも使えそうですね。
小松まったく異なる分野ではありますが、「くらしカメラ」の間取り検出や家具検出は、ロボットの移動経路を算出するのにも活用できそうです。間取りが正しく認識できれば壁にぶつからないですし、家具の形状が把握できればテーブルがあったらぐるっと迂回(うかい)できます。
小松今回、ルームエアコンにカメラという新しい組み合わせで、快適性を向上させる機能を搭載できました。同じように、カメラを載せるという発想自体がないものにカメラを載せることで、新たな分野を開拓できるんじゃないかと思っています。
浜田最近は車載カメラの研究に注力しています。これから車は自動運転の時代になっていくと思いますが、まだまだ未開拓の分野なので開発項目は山積みです。一つずつ解決して自動運転が実現できたら、事故のない世界も夢じゃないと思っています。
小松これまでを振り返ると、わたしは入社当初から製品化に直接かかわるような研究ができました。さまざまな人に支えられて、製品は発売されます。本当にありがたいことですね。
浜田製品開発って、いろいろなことが起こりますからね。それでもやはり、製品を出すということはおもしろいんです。自分たちが開発した技術が入ったものが、何百台、何千台も世の中に出て、使っていただける…。それを楽しみに、今後も製品化にかかわっていきたいです。