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Hitachi

生物進化の仕組みをAIに取り込むことで、細胞内の代謝経路を新たに創り出す技術を開発

生物を活用した低環境負荷の原料製造プロセスを構築し、持続可能な産業の実現に貢献

2020年10月8日
株式会社日立製作所

日立は、さまざまな物質の生化学反応を学習させたAIに、生物進化のメカニズムを組み込むことで、細胞が有用物質を生産する一連の生合成反応(代謝経路)を仮想的に数万通り創り出し、物質生産に最適な代謝経路を特定する技術を開発しました。化学反応による物質構造の変化には一定の規則がないため、従来は生化学的な実験を手作業で繰り返すことで代謝経路を特定していましたが、本技術によりコンピュータ上で効率よく探索・設計することが可能になります。今後、本デジタル技術(IT)と、バイオプラント技術などの制御・運用技術(OT)との融合を進め、生物を活用した環境負荷の小さい原材料製造プロセス構築など、持続可能な産業の実現に貢献してゆきます。

背景および取り組んだ課題

  • 近年、物質生産能力を人工的に引き出した細胞を創製し、原材料生産などへ応用することで持続可能な産業を実現する試みが、世界的に注目を集めている*1
  • こうした細胞を創製するためには、細胞内で起きている一連の生化学反応(酵素反応)を人工的に改変し、新たな物質を生産させたり、生産量を増大させたりする代謝経路の設計が必要となる。
  • 細胞内で起こりうる酵素反応の組み合せは、現在知られているだけでも数万通り以上存在する。そのため、目的の物質を生産する生合成経路の特定は、従来生化学の専門家による試行錯誤と手作業による合成実験を繰り返す必要があった。
  • 合成実験による細胞創製には膨大な労力と時間を要するため、デジタル技術の活用による開発期間短縮や低コスト化が期待されている。

開発した技術

  • 酵素反応前後の化合物の構造変化を予測するAI技術
  • 生物進化を模倣することで反応の組合せを最適化する代謝経路探索技術

確認した効果

  • AI技術の学習に用いたデータベースには収載されていない生合成反応を対象に、本技術の効果を検証したところ、本技術により予測された2-ブタノン*2の生合成反応の1つは、論文誌*3に報告があった生合成反応と一致したことを確認。
  • この結果は、データに含まれない生化学反応、すなわち生物が実現し得る潜在的な代謝経路の存在を予測できる可能性を示している。

発表する論文、学会、イベントなど

  • 本成果は2020年9月7日~9月8日にオンライン開催された19th European Conference on Computational Biology (ECCB2020) で発表され、科学誌「Bioinformatics」 (出版社:Oxford University Press) に掲載予定。(タイトル:Feasible-Metabolic-Pathway-Exploration Technique using Chemical Latent Space)。

謝辞

この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」により得られたものです。
2016年度~2020年度「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」事業、Smart Cell Projectの詳細については、こちらをご参照ください。

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開発した技術の詳細

1. 酵素反応前後の化合物の構造変化を予測するAI技術

従来、コンピュータ上で酵素反応を扱うためには、分子の増減や部分的な構造変化などを人手でルール化する手法が用いられていましたが、多様な構造を持つ化合物の分子や部分的構造の位置を全てルール化することが困難なため、反応後の化合物構造を正しく予測できないという課題がありました。本技術では、化合物構造の深層生成モデル*4を用いることで、酵素反応がベクトル演算という数理的なルールで表現できることに着目し、酵素反応前後の化合物構造変化を予測するAI技術を初めて開発しました。これにより、任意の化合物構造に対して、酵素反応を示すベクトルを加減算することで、未発見の反応であっても酵素反応後の化合物構造を予想できるようになります。

酵素反応前後の化合物の構造変化を予測するAI技術


2. 生物進化を模倣することで反応の組合せを最適化する代謝経路探索技術

代謝経路を設計するには、細胞内で起こる既知の酵素反応に加えて、細胞内で潜在的に起こり得る未発見の酵素反応も考慮に入れる必要があります。無数の組み合せから、細胞内で実現性の高い(反応が起こりやすい)代謝経路を特定するために、生物進化のメカニズムを模倣した代謝経路探索技術を開発しました。まず、既知の酵素反応を、上述のAI技術を用いてベクトル化し、予めデータベースとしてシステム内に蓄積します(酵素反応特徴DB)。次に、この酵素反応特徴DBから酵素反応の組み合せをランダムに選択し、その反応の組み合わせ(代謝経路候補)により目的物質が生産可能か、細胞内で起こり得るかといった反応妥当性を評価します。妥当性が低い組み合わせは切り捨て、妥当性が高い組み合わせだけを残すとともに、妥当性が高い組み合わせ同士で相互に反応を入れ替える、といった処理を繰り返します。このように生物進化の過程をコンピュータ上で模倣することにより、細胞内で実現性の高い目的物質の代謝経路を初めて特定することができました。

生物進化を模倣することで反応の組合せを最適化する代謝経路探索技術 図1


生物進化を模倣することで反応の組合せを最適化する代謝経路探索技術 図2

*1
“バイオ×デジタルで切り拓く未来 スマートセルインダストリー”, Focus NEDO 第70号
*2
2-ブタノン: 塗料溶剤や合成樹脂の原料
*3
Chen, Zhen, et al. "Metabolic engineering of Klebsiella pneumoniae for the production of 2-butanone from glucose." PloS one 10.10 (2015): e0140508.
*4
Jin, W., et al., “Junction tree variational autoencoder for molecular graph generation” in International Conference on Machine Learning (2018)., pages 2323–2332.

照会先

株式会社日立製作所 研究開発グループ