東京・国分寺の日立製作所中央研究所。構内の数万本を数える樹木は、5月の淡い新緑から、6月いっせいに初夏の深い緑へと、その装いを変えていきます。 緑に誘われて、林の中を歩いていきますと、風に揺らぐ梢の音が聞こえてきます。 その音は以外に大きく、しかも欅、くぬぎ、松など木の種類によって、それぞれ固有の音色を持っていることに気付きます。 それがあるときは気ままに、またあるときは一体となって、林全体の大きなリズムを形づくっています。 初夏の木々の動きは、四季を通して最も激しく、また軽やかです。 "山林に自由存す"と武蔵野の詩人、国木田独歩 (1871-1908) は歌いましたが、ここ中央研究所の林は、武蔵野に残された数少ない自然の一つです。
中央研究所の創設は、昭和17年にさかのぼります。時のこの辺りの地名は、東京府北多摩郡国分寺村大字恋ヶ窪です。 ここは、奈良時代に 聖武天皇が全国に建立した国分寺の一つ、武蔵国分寺の旧地に当たります。 武蔵国分寺は、武蔵野にひときわ高くそびえる壮大な七堂伽藍を持ち、奈良東大寺にも匹敵する大きな寺院であったといいますが、その遺跡は研究所の西南約1 kmに今も残っています。 研究所構内からも、往時の住居跡、さらには先土器・縄文・弥生時代の遺跡が発掘され、この地が古代から、文化の中心だったことを裏付けています。
この由緒ある地に研究所を創設するに際しましては、小平浪平創業社長の「よい立木は切らず によけて建てよ」という意志を受け、 構内の樹木は極力守られました。 その精神は現在も継承され、今日見る武蔵野の面影をとどめた美しい研究環境が保持・整備されてきました。 春夏秋冬、季節の移ろいのみごとさは、研究者達の心をなごませ、またそれは人と自然の一体感を生み、科学する心を育んできました。
樹齢百年余の欅やヒマラヤ杉の大木。構内には約120種2万7千本の樹木が茂っていますが、中には化石期の植物といわれるメタセコイアなど珍しい植物もあります。 南側の大池は、昭和33年に完成したものです。 この池は、ハケと呼ばれる湧水を集めて流れる野川の源流の一つにあたり、大池も構内数ヶ所の湧水を利用して湿地に造られました。 池の白鳥、マガモをはじめ、林に群れる野鳥は、カワセミ、ヒヨドリ、カルガモなど40種を越えます。