世界最小の無線認識ICチップから広がる大きな可能性
愛知万博の入場券にも採用された「ミューチップ」
食品や商品のトレーサビリティ(追跡性)へのニーズと,ますます重要化するセキュリティ問題への解決策として,RFID(Radio-Frequency Identification)技術への期待が高まっている。日立製作所は,わずか0.4mm角の大きさで最大38けた分の数字データを記憶でき,無線認識も可能なRFID用ICチップ「ミューチップ」を開発した。2001年に,これを事業化するための社内ベンチャーカンパニーを設立し,このチップを活用したソリューションの事業展開を進めている。ミューチップは,2005年に開催される日本国際博覧会(略称:愛知万博)の入場券に採用され,今後,さまざまな分野への応用が広がるものと予想されている。
社内ベンチャーカンパニーによって事業化を推進
「ミューチップ」はそもそも,ICカードを可能なかぎり小さくできれば,紙幣などの偽造防止などに活用できるのではないか,という発想から開発されました。7年ほど前に,3研究所から研究者が集まってアイディアが生まれ、発案者の一人である中央研究所の宇佐美光雄主任研究員(当時)によって開発が始められました。その後,全社からさまざまな研究者を加えた研究グループによって研究開発が加速し,2001年6月に完成しました。
その特徴は,まず,無線認識ICチップとしては世界最小のサイズであるということです。わずか0.4mm角と非常に微細なことから,紙などに埋め込んで使用できます。この大きさの中に,通信回路や,最大38けた分の数字を記憶できるメモリなどを内蔵しています。
38けたという途方もない数のID(Identification)番号を設定できるので,すべての番号を使い捨てにしても,今後数十億年の間に番号が枯渇することはまずありえません。しかも,ID番号のデータは製造時にROMに格納されるので,上書きによる偽造は不可能です。
さらに,約5cmの外部アンテナを付けることで,最大で30cm程度離れていてもデータの読み出しが可能になります。読み取り装置から電波を送ると,アンテナでこれを電気に変換し,その電力でチップ内のID番号のデータを電波に乗せて,読み取り装置に送信する仕組みになっています。
しかし,いくら優れた機能があっても,チップだけではビジネスは成立しません。読み取り装置やID番号を管理するネットワークシステムと,どう活用するかというアイデアも含めたソリューションがあってこそ価値を持つことになります。
そうした形の事業は,新しく横断的で,既存の事業部の枠に収まりきらないことから,日立製作所は,2001年7月に社内ベンチャー「ミューソリューションズベンチャーカンパニー」を立ち上げました。私たちのような研究所出身者のほか,日立グループ内のさまざまな分野からの出身者でメンバーを構成しています。
いよいよ本格的な実用段階に
ミューチップに関するお問い合わせは,設立から2年半ほどの間に約7,000件もいただいています。ブランド品などの偽造に加え,最近では食品の表示偽装問題などからトレーサビリティ(追跡性)が求められています。個に対して割り当てられたID番号に対応するデータをサーバで管理し,必要なときだけ利用できるようにするという技術が,このような時代の要請にこたえるものとして期待されているのはまちがいありません。
読み取り専用であることを意外に感じられるお客様もいらっしゃいますが,私たちとしては,書き込み機能は必要ないと考えています。流出,紛失しては困る大切な情報は,商品に付けるチップではなく,サーバで保持すればいいのです。セキュリティの面でも安心なうえ,チップの小型化・低コスト化も図れます。
そして,このミューチップを活用したソリューションは,いよいよ本格的な事業化の段階に入りました。その代表的な事例となるのが,2005年日本国際博覧会(略称:愛知万博)の入場券です。目標来場者数の1,500万人を超える数の生産,提供を予定しています。すでに入場券の前売りが始まっています。
入場管理は,もともとミューチップの最も得意とする分野ですが,この入場券では外部アンテナ付きミューチップをラミネートせずに紙に入れるので,皆でポケットや定期券入れなどに入れ,耐湿性や耐久性について実際に検証するなどしてみました。現在,こうして普通の紙の中に完全に封入できるICチップは,ミューチップだけです。
愛知万博では,入場管理だけでなく,ID番号を活用したさまざまなサービスの提供が検討されています。パビリオンへ入場するために長蛇の列をつくらないで済む入場予約システムや混雑情報の提供システムのほか,デジタル写真サービスやスタンプラリー,エコポイントなど,来場者に対するサービスの高度化に活用することができます。
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