イタリア国際先端研究所(以下SISSA)*1のJacques Mehler(ジャック・メレール)教授、日立製作所基礎研究所(所長:長我部信行、以下日立)、日立メディコ(社長:猪俣博、以下日立メディコ)は、このたび、ブルーロ・ガルファーロ病院*2(代表者: Avv. Terpin Emilio, 以下IRCCS)およびフランス国立認知科学研究所*3(所長:Dr. Dupoux Emmanuel以下LSCP)の研究グループと協力して、生まれて間もない新生児が、言語の音とその他の音を区別して認識している様子を、光トポグラフィ装置を用いた脳機能の画像計測により、世界で初めて測定することに成功しました。人の成長に伴う脳機能の発達過程を明らかにしていく上で、重要な成果といえます。
なお、本成果は、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に掲載される予定です。
最先端の脳科学研究では、人の成長に伴う脳の発達過程に及ぼす教育や環境の影響を解明する取り組みが進められています。このためには、その出発点となる、生まれたばかりの新生児の脳機能を知ることが大変重要です。これまでは、乳児に映像や音などを視聴させ、それに対する反応行動(視線・頭の向き・吸啜(きゅうてつ)回数*4など)を計測する方法が用いられてきました。しかし、反応行動は様々な要因の積み重ねの結果であり、個々の刺激と脳活動の関連を明確にするのは困難とされてきました。
近年、脳機能の画像計測法が発展し、個々の外部刺激と脳活動との関連を明確に分析できるようになってきました*5。日立グループが開発した光トポグラフィ装置*6は、近赤外光を頭皮上から照射して脳活動に伴う局所的な脳血流変化を画像化できる装置です。被検者は装置に固定されずに、計測用の専用キャップをかぶるだけで脳血流変化を測定できるため、新生児の脳機能計測に適していると考えられます。
今回、SISSA、日立ならびに日立メディコの研究グループは、光トポグラフィ装置を使い、新生児の言語に関わる脳機能の計測を試みました。新たに、新生児向けに軽くて快適な小型計測用キャップを開発し、自然な状態で新生児の脳機能計測を可能にしました。計測は、脳の24箇所を(頭部両側の側頭葉を各12箇所)同時に計測しました。
研究の内容は、生まれてすぐの新生児が言語の音とその他の音を区別して認識しているかを調べるというものです。生後2〜5日(平均2.7日)のイタリア人新生児を対象に*7、
(1) イタリア語の話を聞かせた時(順回し)、
(2) その話の逆回しの音を聞かせた時、
(3) 何も聞かせない時、
の3つの状況を与え、それぞれについて脳血流の変化を計測しました。
計測の結果、順回しの話を聞かせた時に、顕著な反応が左側頭葉(特に左耳の上)で観察されました。さらに、この反応の大きさを統計的処理によって定量評価をしたところ、頭部左右では有意に差があることがわかりました。これまで、生まれて間もない新生児が言語音を嗜好することは知られていましたが、今回の測定結果から、新生児が成人と同じように左側頭葉で言語音(げんごおん)を処理していることが世界で初めて明らかになりました。
今回得られた成果は、脳機能の発達過程の解明に道を拓くものです。将来、それらが明らかになれば、脳機能障害の早期発見や、療育方法に応用することが可能になるほか、脳の発達過程に即した子供の育成方法の指針が得られるなど、私達の未来社会の発展に寄与する成果であると言えます。
【脚注】 |
(1) |
SISSA(イタリア国際先端研究所): Cognitive Neuroscience Sector, Scuola Internazionale Superiore di Studi Avanzati (International School for Advanced Studies (ISAS)), 2-4 via Beirut, 34014 Trieste, Italy |
(2) |
IRCCS Burlo Garofolo(ブルーロ・ガルファーロ病院): Instituto di Ricovero e Cura a Carattere Scientifico Burlo Garofolo |
(3) |
LSCP(フランス国立認知科学研究所): Laboratoire de Sciences Cognitives et Psycholinguistique, Centre National de la Recherche Scientifique (CNRS) & cole des Hautes Etudes en Sciences Sociales (EHESS) |
(4) |
吸啜(きゅうてつ)回数の測定:圧力センサー入りの人工乳首を吸う回数から乳児の興味の程度を計測する方法。 |
(5) |
機能の画像計測法:脳には特定の機能が決まった部位に存在する"機能局在"という特性があり、脳の局所的な部位の活動を計測することで、個々の刺激と脳活動の関係を分析することが可能。 |
(6) |
光トポグラフィ装置:光トポグラフィで用いる近赤外線は、光子エネルギーが低いため基本的に安全であり、かつ、人体に対して良く透過します。そのため、頭皮上から照射すると、頭皮・頭蓋骨を透過し大脳で反射してきた光を再び頭皮上で検出することが可能です。そして、この近赤外線は血液中に含まれる色素タンパク質であるヘモグロビンに吸収されるので、反射光強度を計測することにより脳内の血流変化を計測することができます。脳は、活動した部位で血流が増加することが知られていますが、光トポグラフィを用いると、この局所的な脳血流変化を多点で完全に同時計測でき、脳活動を画像として観察できます。 |
(7) |
新生児に対する研究について:この研究についてフランス国立倫理委員会他から認可を得ると共に、両親への計測内容の説明を行ない、同意を得た上で測定を実施しました。 |
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